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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)968号 決定

抗告人 牧村清(仮名)

相手方 牧村孝子(仮名)

主文

原審判を次のとおり変更する。

抗告人は相手方に対し、婚姻から生ずる費用の分担として、本決定確定と同時に金九万円、昭和四六年三月より別居状態が解消するにいたるまで一月金六万円を毎月末日限り、相手方の住所に送金して支払え。

理由

(抗告の趣旨および理由)

抗告人は、「原審判を取り消す。相手方の申立を棄却する。」旨の裁判を求め、その理由とするところは、別紙・理由書に記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

一  抗告理由第一点について

右抗告理由の要旨は、原審において相手方(原審申立人)は抗告人(原審相手方)に対し、「抗告人は相手方に対し昭和四三年一一月より婚姻から生ずる費用として毎月相当額を支払う」ことを求める旨を申立てているのであるから、原審では別居状態にある抗告人が相手方に支払うべき相手方自身だけの婚姻から生ずる費用の分担額を審理判断すれば足り、かつそれをもつて限度としなければならないにもかかわらず、原審判は相手方の生活費のほか、抗告人と相手方との間の成年の子たる長女牧村喜美子(昭和二三年七月三日生れ)の義育費を含む月額六万円を分担し送金すべき旨を命じており、原審判には相手方の求める申立事項を越えてした違法があるというのである。

もともと夫婦は相互に協力し扶助する権利義務を有し、夫婦とその間の未成熟の子をもつて構成する婚姻共同生活を維持継続するために必要とする費用、すなわち婚姻から生ずる費用を各自の資産、収入その他いつさいの事情を考慮して分担すべきものである(民法七六〇条参照)。もつとも夫婦および未成熟の子が同居して円満な婚姻共同生活を続けている場合には夫婦間における婚姻費用の分担が問題となることは少ないが、夫婦間で生活費分担の程度方法について対立を生じ、あるいは婚姻共同生活に破綻を生じ夫婦が別居し、その一方と未成熟の子とが同居するような事態を生じた場合には、婚姻から生ずる費用の分担額、方法などを協議または調停、審判によつて具体的に確定することが現実の問題として提起されるのである。そして、夫婦の一方が別居する他方に対して、婚姻に関する費用の分担を求める旨を家庭裁判所に申立てるにあたり、申立人自身の生活費のほか、自己と同居する未成熟の子の生活費を併せて請求することは、本来あるべき婚姻共同生活を維持継続するために必要な費用であるから当然に許容されるべきところであり、しかもこの場合に右未成熟の子がすでに成年に達しているときでも、その子と右相手方(未成熟子の親)との間の扶義料支払いに関する具体的内容が確定し、またはその子が自身の権利にもとづき右相手方に対し独立して扶養料請求の申立てをしていないかぎり、右と同様に解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件記録および原審判挙示の証拠をあわせ考えれば、相手方は原審において、当初はともかく、抗告人との間の長女喜美子が仙台から帰り、相手方と同居生活を始めてから後は、相手方自身の生活費のほか、自己と同居する長女喜美子の生活費を含む婚姻から生ずる費用の分担を求める旨申立ての範囲を黙示的に拡張していると推認されること(家事審判のごとき非訟事件の申立ての範囲を拡張する場合には、必ずしも書面をもつて明示的にすることを必要としないものと解すべきである)、長女喜美子は昭和二三年七月三日生れであつて、すでに成年に達しているが、生来病弱で再三にわたつて入院加療を続け、現在もなお自宅でもつぱら母親たる相手方の世話になり病養生活を送つており、とうてい相手方と離れ独立して生活を営むに足る能力を具備せず、法律上の未成熟子とみるのが相当であること、長女喜美子と抗告人との間に扶養料支払いに関する具体的内容が確定しておらず、しかも同人が自身の権利にもとづき抗告人に対し独立して扶養料請求の申立てをしていないことを認めることができる。してみると、相手方は抗告人に対し、自身の生活費のほか、長女喜美子の生活費を併せた婚姻から生ずる費用の分担に関する審判を求める旨を申立てているのであり、しかも右のごとき審判を求めることは何ら妨げないところであつて、右申立を認容した原審判は相手方の求める申立事項を超えてした違法はない。これに反する抗告人の所論は、その余の点につき判断するまでもなく、失当たるを免れない。

二  抗告理由第二点について

右抗告理由の要旨は、原審で本件と抗告人申立ての離婚調停事件が事実上併合されて進行したが、昭和四四年六月一八日の調停期日に「抗告人は相手方に対し生活費として調停継続中毎月二万五、〇〇〇円を各月二〇日限り支払う」旨の合意が成立し、抗告人はその合意にしたがつて、同年六月から翌四五年一一月まで相手方に右合意にかかる金額を支払つてきたのであるから、原審判は離婚調停が不成立となつた時から後の婚姻から生ずる費用の分担に関する審判をすべきであるにもかかわらず、原審判は調停により成立した右合意を無視し、調停継続中の相手方の生活費についてまでも、昭和四五年一月以降月額一万円の不足分があると説示し、その不足分の支払いを命じており、したがつて右審判には当事者間の合意によつて成立した調停を無視してした違法がある、というにある。

本件記録ならびに東京家庭裁判所昭和四四年家(イ)第二、二七二号夫婦関係調整事件(申立人、牧村清、相手方、牧村孝子)記録によると、本件が昭和四四年二月二一日東京家庭裁判所に申立てられ同年四月二八日その第一回調停期日が関かれたが、その直後の同年同月三〇日抗告人より相手方に対し離婚調停を求める夫婦関係調整事件が右裁判所に申立てられたので(同庁昭和四四年家(イ)第二二七二号。以上、別件という)、同裁判所調停委員会では本件と別件を事実上併合し、以後同一の期日に両事件の調停を進めていたこと、右調停委員会では両事件の調停を進めるにつき、まず暫定的に相手方の生活費につき当事者間に合意を成立させる必要があるとし、本件第三回調停期日、別件第二回調停期日が同時に開かれた昭和四四年六月一八日、本件を別件に併合する旨の正式な決定をしたうえ調整を試みた結果、当事者間に、「抗告人は相手方に対し、昭和四四年六月以降調停事件係属中、毎月二万五、〇〇〇円あてを、各月二〇日限り相手方住所に送金して支払う」旨の暫定的な合意が成立し、その旨の手続要領を記載した調停期日調書が作成されたこと、抗告人が右合意に従い同年六月から同年八月まで、相手方住所に毎月生活費として金二万五、〇〇〇円を送金したことが認められる。右の事実によると、昭和四四年六月一八日の調停期日に当事者間に成立した前記合意は、本件ならびに別件に関する相手方の生活費の最終的合意ではなく、単に調停進行中における中間的暫定的措置としてされたものというべきである。そうだとすれば、原審判が右合意の存在を度外視し、諸般の事情を考慮したうえ、昭和四五年一月以降月額一万円の不足分があると判断し、これが支払いを命じたことには何らの違法も存しない。右と異る抗告人の所論は採用できない。

なお、抗告人は昭和四四年一〇月一七日の本件第六回調停期日に、「抗告人は相手方に対し相手方および長女喜美子の生活費として昭和四四年九月以降調停係属中毎月五万円を支払う」旨の調停が成立し、抗告人が昭和四四年九月以降毎月申立人の生活費として金三万円、長女喜美子の生活費として金二万円、合計五万円を支払うようになつた旨の原審判の事実認定は誤りであつて、抗告人は長女喜美子に二万五、〇〇〇円を送ることを承諾しただけである。と主張している。本件記録によると、抗告人が昭和四四年九月より同四五年九月まで毎月五万円を相手方および喜美子の両名に立し生活費として送金を続けた事実を認めることができるが、前記第六回調停期日(原審判八丁表六行目には、上記第六回調停期日の開かれたのが「昭和四五年一〇月一七日」であるとされているが、それは「昭和四四年一〇月一七日」の明らかな誤りであるので、そのように訂正する。)に所論のごとき内容の調停が成立したかどうか、および右五万円の趣旨が原審判説示のとおりであるか、それとも抗告人主張のとおりであるかは明らかでないが、仮に抗告人主張のごとき趣旨の中間的な調停が成立し、それに従つた履行がなされたとしても、相手方が抗告人に対し相手方自身および長女喜美子の従前の生活費の不足分および将来の生活費を婚姻から生ずる費用の分担として請求しうることは前示のとおりであるため、原審判の結論に影響を与えるものではなく、所論は採るを得ない。

三  抗告理由第三点について

右抗告理由の要旨は、申立人は昭和四三年一一月からの婚姻から生ずる費用の分担を抗告人に対し求めているが、抗告人が昭和四三年一一月より一時送金をしなかつた事由は、相手方代理人弁護士山田直大との離婚条件についての合意を相手方が一方的に撤回したのみでなく、抗告人は昭和四二年一一月から同四三年一〇月までの間にすでに十分な金員(この金額総計は原審判の認めた相手方の生活費月額二万八、二〇〇円の二四か月分以上に相当する)を交付ずみであつたからであり、そのほか右期間中にまゆみの入院のため抗告人は総額一二〇万円余を支出した事実があり、これを主張したにもかかわらず、原審判はこれを看過した違法がある、というのである。

婚姻から生ずる費用の分担に関する審判をするについては、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して判断すべきであるため、これを審理する家庭裁判所としては、当事者双方の主張に則り夫婦の資産、収入のほか、生活歴、職業歴、夫婦間の金銭授受の実態その他諸般の事情をできるだけ詳細に調査することが必要であるけれども、それらのすべてを審判書の理由に説示する必要はなく、審判主文が導き出されるのに必要と認められる限度で説示すれば足りるというべきである。本件についてこれをみるに、原審判は当事者双方の主張を詳細に検討し、抗告人主張事実の含まれる各証拠をも総合勘案したうえ、抗告人につき昭和四五年一月以降同年九月までの不足分合計九万円の支払義務と同年一〇月以降の毎月の分担額六万円の支払義務を形成し、相手方に対しこれが支払いを命じているが、その理由として説示するところは必要にして十分であると認められる。したがつて、抗告人の前記主張事実が原審判の理由中に説示されていないからといつて、直ちに原審裁判所がその事実を看過したものということはできず、所論は採用の限りでない。

四  抗告理由第四点について

右抗告理由の要旨は、原審判は抗告人と相手方との婚姻生活破綻の責任が抗告人に重いと説示しているが、それはむしろ逆であり、責任の軽重の判断につき事実誤認の違法がある、というにある。

原審判挙示の証拠をあわせ考えれば、抗告人と相手方とが別居するにいたつた経過およびその後の状況などについては原審判認定のとおりの事実(ただし本決定で訂正する部分を除く。)を認めることができる。そして、右事実にもとづき、抗告人と相手方が別居し、その婚姻生活が破綻状態に立ちいたつたことの主要な責任が抗告人にあるとする原審判の説示は相当であつて、これに反する抗告人の所論は採用できない。

五  そこで進んで職権をもつて原審判の適合につき判断する。

原審判挙示の証拠によると、該審判説示のとおりの事実(ただし、本決定で訂正した部分を除く。)を認めることができその事実から、抗告人につき婚姻から生ずる費用の分担として昭和四五年一月以降同年九月までの不足分合計九万円の支払義務と同年一〇月以降毎月六万円ずつの分担額支払義務を形成し、相手方に対しこれが支払いを命じた原審判は相当というべきである。しかして、当審においてさらにその後の事実を調査したところ、相手方作成の当庁昭和四六年二月一四日受付の書面、抗告代理人作成の同年同月一五日付の回答書および当庁書記官が同年同月二二日相手方との間になした電話聴収書によると、抗告人は原審判の命ずるところにより、昭和四五年一一月より同四六年一月までの婚姻より生ずる費用の分担として毎月六万円を相手方および長女喜美子の両名宛に送金し、昭和四六年二月分として六万円を送付すべきところ、抗告人において相手方ら居住家屋に架設され相手方らの使用した昭和四六年一月分の電話使用料一、一九四円を立替え支払つたため、そのうち一、〇〇〇円を差引く旨の書面を添え、右使用料受領の領収証を同封し、残額五万九、〇〇〇円を相手方および喜美子宛の現金書留郵便で送金したことが認められる。右の事実によると、抗告人は原審判の命じた婚姻から生ずる費用の分担額のうち昭和四五年一一月より同四六年二月までに支払うべき毎月六万円ずつの債務を完済し、該債務はすでに消滅したものといわねばならない。

六  よつて、原審判主文第一項を前項で説示した限度において変更することとし(なお原審判は主文第二項において、臨時に必要な処分を命じているが、本決定はその告知とともに確定し、右処分を命ずる必要がないので、これを付さない)、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 岡垣学)

参考 原審(東京家裁 昭四五・一〇・二二審判)

申立人 牧村孝子(仮名)

相手方 牧村清(仮名)

主文

一 相手方は、申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担として、本件審判確定と同時に、金九万円を、昭和四五年一〇月以降別居状態が解消するに至るまで毎月金六万円を各月末日限り申立人の住所に送金して支払え。

二 相手方は、申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担として、昭和四五年一〇月以降本件審判が確定するに至るまで、毎月金六万円を各月末日限り申立人の住所に送金して支払え。

理由

一 申立人は、「相手方は、申立人に対し、昭和四三年一一月以降、婚姻から生ずる費用として、毎月相当額を支払う」旨の調停の申立をなし、その事由として述べるところの要旨は、

1 申立人と相手方とは、昭和二二年四月三日挙式のうえ婚姻し、同年六月二一日適式に婚姻届出を了し、その間に昭和二三年七月三日出生した長女喜美子がある。

2 申立人と相手方とは、婚姻以来平穏な家庭生活を営んできたが、相手方は昭和三二年頃から勤務先の○○○職員の町田京子と関係を生じ、一たんは相手方の両親の助力により、相手方は、右町田京子との関係を清算したものの、再び同女との関係を復活し、昭和四〇年五月頃○○○職員宿舎である肩書住居から家出して同女と同棲するに至り、以後申立人と相手方とは別居状態にある。

3 申立人は、以後病弱の長女喜美子をかかえ、相手方から送金される毎月金五万三千円の生活費で、生活するのやむなきに至り、しかも申立人もまた病床に伏す身となり、申立人と長女喜美子の入院療養費のため生活難におちいり、近親からの借財で辛うじて急場をしのいだものの、次第に生活が立ち行かなくなり、相手方は、昭和四三年四月頃長女喜美子を引き取り、これを仙台市内に居住する相手方の両親の許に託し、以後長女喜美子は相手方両親の住居において療養生活を送ることになつた。

4 相手方は申立人と別居以後、再三にわたり、申立人に対し離婚を迫り、申立人はその都度これを拒んできたのであるが、相手方は昭和四二年一二月頃申立人に対し執拗に離婚条件について折衝することを申し入れ、申立人もやむなく相手方の申し入れに応じ、某弁護士を選任し同人をして離婚条件について相手方と折衝させることにした。

5 相手方は離婚条件として昭和四三年夏頃には、離婚の際一時金として金五百万円を支払い、離婚後も申立人が再婚するか、自立することができるまで毎月従来どおりの生活費の送金を続ける旨を提案していたのであるが、昭和四三年一〇月頃には、右の条件を変更し、離婚の際一時金として金三百万円を支払い、離婚後三年間に限り、生活費として毎月金五万三、〇〇〇円を支払う旨を提案した。

6 申立人は、相手方の右提案について熟慮した結果、やはり相手方の離婚の申し入れを拒絶し、婚姻関係を継続する決心をし、相手方との離婚条件の折衝を打ち切つたのであるが、相手方は離婚に際しての一時金三百万円を借財したためその利息の返済に追われ、申立人に対し以後生活費の支給はできないと称し、昭和四三年一一月以降生活費の支払をしない。よつて本件申立に及んだ

というにある。

二 本件記録添付の戸籍謄本、東京家庭裁判所昭和四四年家(イ)第二、二七二号夫婦関係調整事件記録、家庭裁判所調査官中山文枝作成の調査報告書、本件調停および右夫婦関係調整事件調停の経過並びに申立人および相手方に対する審問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1 申立人は、昭和二二年四月三日当時○○大学法学部在学中の相手方と挙式のうえ婚姻し、同年六月二一日適式に婚姻届出を了し、相手方が昭和二三年三月○○大学法学部卒業後○○省に入り、○○○○○○局○○出張所勤務となつたので、相手方とともに○○に赴き、同年七月三日に相手方との間の子として、長女喜美子を分娩したこと、

2 相手方は、昭和二六年頃○○省本省勤務となつたので、申立人は相手方および長女喜美子とともに上京したのであるが、その後相手方は昭和二八年頃○○省から○○○に勤務替えをしたので、以後申立人は相手方および長女喜美子とともに肩書地の○○○官舎に居住することになつたこと、

3 相手方は、昭和三二年頃勤務先の○○○職員町田京子(昭和七年生)と知り合い、同女と婚姻外関係生ずるようになつたのであるが、間もなく同女との関係は、申立人の知るところとなり、相手方の父母から説得されたこともあつて、相手方は一たん同女との右関係を清算したこと、

4 昭和三八年一月頃当時○○○高等部に在学中の長女喜美子は自閉症的症状を呈し、登校することを嫌うようになり、精神医からは神経症として入院加療を要する状態であると診断され、同女は同年七月頃まで入院して治療を受け、一たん軽快したものの、再び同年一二月に学校を休学のうえ再入院することとなり、昭和三九年三月まで入院治療のうえ軽快し、同年四月学校に復学したのであるが、今度は申立人が一年間の看病の肉体的疲労と心労とから、肝炎にかかつて、同年五月入院治療を受けることとなり、その間家政婦を雇つて家事を担当させたところ、家政婦では神経症的な長女喜美子の世話をしきれないところから、申立人はやむをえず十分に治癒しないまま、同年七月退院し、以後自宅で療養生活をしながら、長女喜美子の世話をすることになつたこと。

5 相手方は昭和三七年頃○○○○○○○○委員会○○部長を命ぜられ、右の如く長女喜美子と申立人が相次いで病気にかかつている間休日も返上して夜おそくまで多忙で家庭を顧みる余裕がなく、また昭和三九年には○○○○○○○課長を命ぜられ、次いで昭和四〇年には○○○○○課長を命ぜられるというように続けて要職にあり、多忙で自宅に帰るのが遅かつたため、病気がちで、長女喜美子の世話につかれ、心身ともに不安定であつた申立人の方では、相手方が多忙と称して、遊び歩き、妻子を顧みないと相手方に不満不平を訴えることが多くなり、他方相手方の方は申立人が相手方の仕事に対する理解が乏しく、限度を越えた要求をすると感じ、とかく申立人と相手方との間は円満を欠き、次第に両者の関係は悪化したこと、

6 相手方は、昭和四〇年五月はじめ頃前記町田京子とたまたま再会し、これを機会に再び同女との関係を復活し、同月二〇日頃相手方は申立人に無断で官舎を出て、居所を明らかにせず、同女と肩書住居において同棲し、以後申立人と相手方とは別居状態となり、相手方は勤務先の部下を通じて申立人に対し、毎月生活費を届けることになつたこと、

7 その後も長女喜美子は心臓発作や痔疾で、また申立人は慢性肝炎で、それぞれ数回入院退院をくりかえし、申立人と相手方の家庭は、経済的にも精神的にも破綻状態となり、昭和四三年四月頃相手方は、官舎から長女喜美子を引き取り○○市に居住する相手方両親の許に託し、長女喜美子は相手方両親の住居において療養生活を送ることとなつたこと、

8 相手方は、昭和四二年一二月頃申立人と離婚することを決意し、相手方に対し離婚の条件について折衝したいと申し入れ、申立人も相手方と離婚するのもやむをえないと決意し、この申し入れに応じ弁護士山田直大を代理人に選任し、同人に相手方との折衝を依頼したこと、

9 右山田直大は相手方と離婚条件についての話し合いを進め、昭和四三年一〇月一二日頃、右山田直大と相手方との間で相手方は申立人に対し、離婚とともに一時金三百万円を支払い、かつ、離婚後三年生活費として毎月金五万三千円を支払うことで合意が成立し、申立人もいつたんこれを受諾したので、相手方は、右一時金三百万円の金策を進め、他から金三百万円を借り入れて離婚の準備をしたところ、申立人は、同年一一月頃突然右の条件で離婚することに難色を示し、離婚意思を撤回し、右代理人山田直大を解任したので、相手方は憤慨し、同年一一月以降他から借り入れた金三百万円の利息を返済するため申立人に生活費を支給することはできないと称し、それまで申立人に対し、申立人および長女喜美子の生活費として支給していた金五万三千円の送金を停止したこと、

10 そこで申立人は、しばらく親族から援助を受けて生活したものの、次第に生活困難となり、昭和四四年二月二一日東京家庭裁判所に対し、「相手方は、申立人に対し婚姻から生ずる費用として、昭和四三年一一月以降毎月相当額を支払う」旨の本件調停を申し立てたこと、

11 本件調停は、昭和四四年四月二八日以降昭和四五年七月七日まで前後一二回にわたつて行なわれたのであるが、申立人が「相手方は昭和四三年一一月以降婚姻から生ずる費用の分担として金四万円ないし五万円を支払うべきである」と主張するに対し、相手方は、「もはや申立人とは円満な夫婦生活を営むことが期待できないので、離婚したい。申立人と相手方との間に昭和四三年一〇月にいつたん離婚条件について合意が成立したのに、申立人は突然一方的にこの合意を破棄したのであつて、相手方はかかる申立人の背信行為のため、離婚のため他から借り受けた金三百万円の利息の返済に苦慮しており、そのため、昭和四三年一一月以降申立人に対し生活費を支払うことができなかつたのである。申立人が離婚について調停において話し合いをするならば、今後の生活費について考慮する」と主張し、相手方も昭和四四年四月三〇日に東京家庭裁判所に対し、「申立人と相手方とは離婚する」旨の調停の申立(同裁判所昭和四四年家(イ)第二、二七二号)をなし、同事件も本件調停と事実上併合されて、昭和四四年五月二一日以降昭和四五年七月七日まで前後一一回にわたり調停が行なわれたこと、

12 当裁判所調停委員会は、離婚についての調停を進める前に、まず暫定的に申立人の生活費について当事者間に合意を成立させる必要があるので、本件の第三回調停期日である昭和四四年六月一八日に、「相手方は申立人に対し生活費として調停継続中毎月金二万五千円を各月二〇日限り支払う」ことを提案したところ、相手方はこれを受諾し、申立人もこの金額に異議がなく、同調停期日に当事者間に暫定的な合意が成立し、相手方はこの合意に従い、同年六月以降同年八月まで、申立人住所に毎月生活費として金二万五千円を送金したこと、

13 ところが、申立人は、昭和四四年七月初旬頃糖尿病の疑いで精密検査を受ける必要が生じ、申立人は、その検査料を前記生活費とは別に、相手方に負担支出してもらいたいと主張したのに対し、相手方は、その程度の費用は、相手方から毎月送金する生活費の範囲内でまかなつてほしいと主張し、当裁判所調停委員会が当事者間の右主張の調整をしている間に、今度は、相手方の方で喉頭癌の疑いで、入院して精密検査を受けることになり、この問題の調整ができない間に、同年八月二四日前記の如く○○市に居住する相手方の両親の許で療養生活を送つていた長女喜美子が、祖父母である相手方の両親との同居生活がうまくいかず、上京して申立人住所に戻り、再び申立人と同居することになつたこと、

14 そこで、昭和四四年九月一〇日の本件第五回調停期日に、当裁判所調停委員会は、長女喜美子の生活費について、当事者間をあつせんしたのであるが、結論がでず、更に昭和四五年一〇月一七日の本件第六回調停期日に、この点について調停を進め、「相手方は申立人に対し申立人および長女喜美子の生活費として昭和四四年九月以降調停係属中毎月金五万円を支払う」べきことを提案したところ、相手方も申立人もこれは了承し、同調停期日に当事者間に合意が成立し、相手方は、同年九月以降昭和四五年九月まで毎月金五万円を、各月二〇日限り申立人住所に送金していること(本件審理において、昭和四五年七月まで支払済であることが確認されているが、同年八月および九月にも同様支払済であると確認される)

15 その後昭和四四年一二月一日の第七回調停期日より、昭和四五年七月七日の第一二回調停期日まで本件の婚姻から生ずる費用の分担事件について最終的に申立人および長女喜美子の生活費の分担を決めることおよび申立人と相手方との間の離婚について調停が進められたのであるが、本件については、申立人は、「昭和四三年一一月から昭和四四年五月までの申立人の過去の生活費を相手方が分担すべきこと、および今後の申立人および長女の生活費については、毎月最低金六万円を相手方が分担すべきことと」を主張するのに対し、相手方は、申立人の過去の生活費については、いつたん申立人が離婚を承知したので、申立人に支払うべき一時金三百万円を他から借り入れたところ、突然申立人が離婚意思を翻したため、その利息として金二〇万円を無駄使いしたことになつたから、支払うことができない。また今後の申立人および長女喜美子の生活費については、毎月六万円は多額に失し、暫定的に決めた金五万円で十分であると主張し、調整がつかず、また申立人と相手方との離婚については、当初申立人に、相手方が過去の申立人の生活費を支払うなら、離婚条件の話し合いに応ずると主張したものの、相手方がこれを支払うと云わないため、後に離婚の決心がつかないと主張し、また相手方の方からも前の離婚条件以上の条件の提示もなく、結局当事者間に合意が成立する見込がなく、いずれの事件も昭和四五年七月七日に不成立に帰し、本件は、同日審判手続に移行したこと、

16 申立人と長女喜美子とは、現在肩書住所である○○○官舎内に居住しているが、いずれも病身で就労できず、相手方は肩書住所であるアパート内の一室に前記町田京子と同棲しており、なお、相手方は昭和四五年七月一日付で○○○○○○○○○○○○を命ぜられたこと。

三 右認定事実によれば、申立人と相手方とは、当分このまま別居を続けるほかないというべきである。そして、申立人と相手方とが、かく別居するのやむなきに至つたことについては、全く申立人に責がないとはいいえないにしても、相手方が要職にあり、多忙で家庭を顧みる余格がないのにもかかわらず、申立人が相手方の仕事に対する理解に乏しく相手方に対し、不平不満を訴え、限度を超えた要求をするようなことがあつたとしても、相手方が同居に耐えられないとして別居することは格別、申立人との関係を調整することに努めることなく、直ちに他の女性と同棲するに至つた点および申立人が病身の長女喜美子をかかえ、健康を害し、精神的に不安定であつた点等を考慮すれば、やはり、主要な責任は相手方にあると認めざるをえない。

したがつて、相手方は、申立人と別居後、別居状態の解消するに至るまで婚姻から生ずる費用の分担として、その資産収入に応じ、申立人および申立人とともに生活する長女喜美子の生活に要する費用を負担しなければならないことは明らかである。

そこで、相手方が、申立人および長女喜美子の生活費として分担すべき額について審案する。

申立人は、本件調停中、調停委員会の勧告により、相手方は昭和四四年九月以降毎月申立人の生活費として金三万円、長女喜美子の生活費として金二万円、合計金五万円を支払うようになつたが、申立人は慢性肝炎、長女喜美子は週末性回腸炎と慢性痔炎のため、医療費として少くとも毎月合計金一万円を要しておる状態であるので、相手方は、その給料ベース・アップになつた時点から、毎月金六万円を支払つてほしい、また毎月相手方から支払われる生活費では、衣類その他の消耗品を買つたり、テレビの修理や洗濯機を買いかえることもできない有様なので、ボーナス時には右の毎月の生活費のほかに若干の金額の支払を要求すると主張するのに対し、相手方は、相手方の昭和四四年度の年間の給与手取額は、金一、七三一、二四〇円であるが、総理統計局編の昭和四〇年の「家計調査年報」によれば、年間の実収入額が金一、七二九、一四〇円である場合の一般勤労生活者の家庭において消費的支出に充てられる額は金九八一、四四四円であるから、これと対比すれば、相手方の家庭において年間の消費的支出に充てられる額は約九八四、〇〇〇円、月間の消費的支出に充てられる額は約金八二、〇〇〇円を相当とし、これを労研方式によつて計算すれば、申立人の生活に充てられる額は毎月金二八、七〇〇円、長女喜美子の生活費に充てられる額は毎月金一七、八〇〇円、合計金四六、五〇〇円(消費単位は相手方一〇〇、申立人八〇、長女喜美子五〇とする。)となり、したがつて現在相手方は申立人と長女喜美子の生活費として毎月金五万円を支払つているので、これで十分というべきであると主張する。

当裁判所は、右の如く主張が対立している本件においては、別紙の労働科学研究所編「総合消費単位表」の如き一般的な統計に準拠して、申立人、相手方および長女喜美子の消費単位を算定して、婚姻から生ずる費用の分担額を決定するのが、公正、かつ合理的であると思料する。

まず、消費単位について考察するに、申立人は六〇歳未満の主婦であるので八〇に該当し、相手方は六〇歳未満の軽作業に従事する男子として一〇〇に該当するが、別居しているので、これに三〇を加算して一三〇とするのが相当であり、長女喜美子は就労しない未婚女子として九〇に該当する。

次に相手方の平均月収であるが、相手方の提出した昭和四四年度の給与所得の源泉徴収票、現金支給総額明細書によれば、相手方は昭和四四年度において、金二、一八八、七九〇円の給与所得(俸給、手当および賞与)があり、国税(所得税)として金一七〇、二〇〇円、地方税(都市区町村民税)として金四三、四三〇円を徴収され、また社会保険料として金一〇四、一三四円、生命保険料として金二九、三〇〇円を支払つているので、これら合計金三四七、〇六四円を控除すると、結局昭和四四年度において、相手方は金一、八四一、七二六円の純所得があつたのであり、この一二分の一にあたる約金一五三、五〇〇円(百円未満四捨五入)が毎月の平均所得と認定することができ、相手方の提出した昭和四五年五月、六月および八月の各給料明細書によれば、昭和四五年度においても、これを下らない平均所得があると推定することができる。

そこでこの相手方の平均月収から、相手方の必要職業費として二割にあたる金三〇、七〇〇円を控除し、更に相手方提出の昭和四四年度現金支給額明細書および昭和四五年度五月、六月および八月の各給料明細書によつて認められる相手方が支出している申立人および長女喜美子の居住する○○○官舎費の昭和四四年度の月額金一、九三三円(年額、金二三、一九〇円の一二分の一)、昭和四五年度の月額金一、七七〇円および相手方の提出した賃借料領収証および相手方審問の結果によつて認められる相手方の居住するアパートの賃借料の昭和四四年度の月額金一五、〇〇〇円、昭和四五年度の月額金一六、〇〇円を各控除した残額昭和四四年度約金一〇五、九〇〇円(百円未満四捨五入)昭和四五年度約金一〇五、〇〇〇円(百円未満四捨五入)を基礎として、申立人、長女および相手方の所要生活費を前記各人別消費単位によつて算定すると、

1 昭和四四年一月から同年八月までの間において

イ 申立人の所要生活費に充てることのできる費用は、

105,900円×80/(80+90+130)105,900円×80/300 = 23,240円 ≒ 28,200円(100円未満四捨五入)

ロ 相手方および長女喜美子の所要生活費に充てることのできる費用は、

105,900円×(90+130)/300 = 105,900円×220/300 = 77,660円 ≒ 77,700円(100円未満四捨五入)

ということになる。

2 昭和四四年九月以降同年一二月までの間において

イ 申立人および長女喜美子の所要生活費に充てることのできる費用は、

105,900円×(80+90)/(80+90+130) = 105,900円×170/300 = 60,010円 ≒ 60,000円(100円未満四捨五入)

ロ 相手方の所要生活費に充てることのできる費用は、

105,900円×130/300 = 45,890円 ≒ 45,900円(100円未満四捨五入)

ということになる。

3 昭和四五年一月以降

イ 申立人および長女の所要生活費に充てることのできる費用は、

105,000円×170/300 = 59,500円

ロ 相手方の所要生活費に充てることのできる費用は、

105,000円×130/300 = 45,500円

ということになる。

したがつて、相手方は、申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担金として、昭和四四年一月以降昭和四四年八月までは、毎月ほぼ金二八、〇〇〇円、同年九月以降毎月ほぼ金六〇、〇〇〇円を支払うのが相当であると認められる。

また、相手方の昭和四三年度における毎月の平均所得は、これを証する資料がないが、相手方は、前記二において認定したごとく昭和四三年一〇月まで申立人および長女喜美子の生活費として金五三、〇〇〇円を支払つていたのであるから、同年中はこの金額を基準にして、同年一一月および同年一二月の婚姻分担額を決めるのが相当である。したがつてこの間の相手方の分担額は、

53,000円×80/80+90 = 53,000円×80/170 ≒ 24,900円

ということになり、相手方は、この間毎月ほぼ金二五、〇〇〇円を支払うのが相当である。

ところで、相手方は、前記二において認定したごとく、申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担金として、昭和四三年一一月以降、昭和四四年五月までは申立人の居住する○○○官舎の官舎料を毎月自ら負担するほかは、全然支払うことがなく、昭和四四年六月以降同年八月まで、右官舎料のほか毎月金二五、〇〇〇円を、同年九月以降昭和四五年九月まで、右官舎料のほか毎月金五〇、〇〇〇円を、それぞれ支払つているので、昭和四三年一一月以降昭和四五年九月までの間に右官舎料のほか、合計金七二五、〇〇〇円(25,000円×3+50,000円×13 = 75,000円+65,000円 = 725,000円)を支払つたことになるのであるが、前記算定によれば、相手方は、申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担金として、右期間に、前記官舎料のほか、合計金一、〇五四、〇〇〇円(25,000円×2+28,000円×8+60,000円×13=50,000円+224,000円+78,000円=1,054,000円)支払うべきことになるので差引金三二九、〇〇〇円の不足となるのであるが、相手方は昭和四四年六月以降は本件調停中に暫定的に定められた生活費を滞りなく支払つており、申立人および長女はともかくその間生活することができたのであつて、この事実と前記二において認定した申立人と相手方との間の関係その他一切の事情を考慮すれば、現時点において右不足額全部の支払義務を形成し、相手方にその支払を命ずるのは相当でなく、右不足額のうち、昭和四五年一月以降同年九月までの分合計金九万円(10,000円×9=90,000円)の支払義務と昭和四五年一〇月以降の毎月の分担額金六万円の支払義務とを形成し、その支払を命ずるに止め、他の不足額の清算は、申立人と相手方との夫婦関係を根本的に解決する際に留保するのが妥当であると思料する。

かような訳で、相手方は、申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担として本審判確定と同時に金九〇、〇〇〇円を支払い、かつ、昭和四五年一〇月以降別居状態の解消するに至るまで前記官舎料を負担するほか、毎月金六万円を各月末日限り、申立人住所に送金して支払うべきである。

また、本審判は、その確定までに、相当の日時を要することも予想され、家事審判には、判決の場合の如く、仮執行の宣言を付することが認められていないので、とくに、当裁判所は(婚姻費用分担事件には仮の処分を認める規定が存しないが、この事件は協力扶助事件と同性質の事件であるので、同事件に関する家事審判規則第四六条、第九五条を類推適用する。)臨時に必要な処分として、相手方は申立人に対し、本審判が確定するに至るまで、昭和四五年一〇月以降毎月金六〇、〇〇〇円宛各月末日限り、申立人住所に送金して支払うべきことを命ずる(この仮の処分命令は家事審判法第一五条により、執行力ある債務名義と同一の効力を有することを付言する。)こととなる。

よつて主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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